
日本近海で暗躍する不審船とは?
日本は国土を海に囲まれた海洋国家です。
その治安を守るためには周辺海域における警備活動が重要になってきます。
周辺海域における治安を脅かす要素の一つが「不審船」で、麻薬の密売や日本人の拉致事件などに対する関与が指摘されています。
2001年(平成十三年)に日本近海で撃沈された不審船に関する資料展が、東京・お台場の船の科学館で行われた際に見学に行ってきました。 その模様を御所介します。
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「九州南西海域工作船事件」とは?
日本近海における不審船の暗躍に関しては、以前より各方面からの目撃情報などで知られており、1999年(平成十一年)には「能登半島沖不審船事件」が発生しました。
今回紹介する不審船は、2001年(平成十三年)12月22日に発生した「九州南西海域工作船事件」にて、巡視船と銃撃戦を交えた後に自爆・沈没しました。
2001年12月22日、九州南西海域における不審船の情報を入手した海上保安庁が、巡視船や航空機を現場海域に派遣し、追跡が始まりました。
不審船は海上保安庁による停戦命令を無視し逃走し、警告射撃により火災が発生するものの、やがて鎮火して再び逃走を開始します。
その後、巡視船に対して自動小銃やロケットランチャーによる攻撃を開始したため、正当防衛として不審船に対して攻撃が加えられました。
その最中に不審船は自爆し、沈没したとされます。
不審船の攻撃により、巡視船3隻が被弾し、海上保安官3名が負傷したとのことです。
事件後の2002年(平成十四年)の6月21日に引き上げが決定され、同年9月11日、沈没してから263日目にして船体の引き上げが完了しました。
この時引き上げられた船体及び各種証拠品は、検査や分析が終了した後、2004年2月まで、東京お台場にある船の科学館内にて一般公開されました。
今回は、この時の模様をご紹介します。
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左は工作船が展示されていた、お台場にある船の科学館です。
右は工作船内に搭載されていた小型船です。
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こちらは会場で配布されていたパンフレットです。
事件の概要や工作船の性能、引き上げに至までの流れなどが紹介されています。





